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夕暮れの路地裏で

by Azusa Yamamoto

空が灰色からパステルカラー変わってきた、夕刻の雨あがり。そんな湿り気のある風を頰に受けながら、わたしはコンビニで買ったサンドイッチのセロファンをペリペリはがして口に入れた。モグモグしながら見つめるその先に、路地裏をゆくカタツムリ……。


栃木県益子町。雨が降るなか、駅からタクシーに乗り、行き先を告げると
「近いんですよ? なんだか申し訳ないなぁ」
と運転手さん。申し訳ないのはこちらなのではないか。すこし迷ったけれど、目当ての上映会の開始時間がせまっていたこともあり、乗って行くことにした。

会場である「ヒジノワカフェ」に到着しても、しきりにすまなそうにする運転手さんに、1メーター分の代金を支払いながら思う。この雨のなか、歩いたらけっこう大変でしたよ、運転手さんありがとう。


「ヒジノワカフェ」はすでにたくさんの人が集まっていた。


「風のたより」の上映会は、ここで行なわれた。3・11の東日本大震災のあと、どう生きたらよいのかわからなくなり、いろんな人の生き方や暮らし方を見つめようと、撮影をはじめたという田代陽子さん。彼女の監督としての第2作目のドキュメンタリー映画だ。

——北海道の七飯町・大沼で山をひらき、ヤギを飼ってチーズをつくる家族。
北海道・洞爺湖で、パン屋・古道具屋を自分たちでととのえながら営む家族。
原発の建設予定地である青森県大間市で漁師をする家族——。

それぞれの土地に根ざした、かざらない風景が映し出され、だからこその困難もあり……だからこその幸せがのっかっていて。
「わたしはどうだ?」「わたしはどう生きているのか?」という“花束”をもらったような気になった(つきつけるような、攻撃的な映画ではなく、やさしく手渡される。だから花束)


映画には、動物がたくさん登場する。羊にアヒル、チーズをつくるための乳を出す牛やヤギ、羊にアヒル、ネコはたくさん、そして老犬。それぞれが十人十色にいい味を出していて、つい頬がゆるむ。動物の発するユーモアをキャッチして、気持ちがほぐれてゆく。



上映後に、「ヒジノワ」の周りを散歩したのだった。雨はやんでいた。湿り気はあるが、すずしい風が吹き、心地いい。あたりの葉や花の色が濃く見える。

道を渡ってすこし坂を上がると、西日を浴びた住宅が並ぶ。ほどいいサイズのトタン張り、木造の平屋の味わいと、雨あがりの風と夕暮れの色にすっかりうれしくなって、どんどん行く。

こちらの家からは、煮物のいいにおい。台所の窓の下にはゴーヤの鉢があって、グリーンカーテンの準備中。こちらの家では自転車で遊ぶ幼い弟を「道路に出て遊んだらあぶないのよ!」といきなり叱りつける、お姉ちゃん。小学校の3年生くらいだろうか。わたしも妹にとって、こんな姉なんだろうなあと、すこしばかり己の反省にひたっていると、「こんにちは!」とそのしっかり者のお姉ちゃんに元気に声をかけてもらい、ブジ、益子の夕暮れ散歩に戻ってこられたのでした。



そのカタツムリには、「ヒジノワ」へ戻る小さな路地裏で出会った。立派な殻をもち、路地裏のなかで異彩を放っていた。たたずまい、威風堂々とした行進をしばらく観賞させていただくことにした。

触覚をチョッチョッと濡れた地面につけながら進むその姿を眺めているだけで、その場から別の世界に行けるような気になる。「無」なのかしら。わたしは、あちこちに気をめぐらすので、瞑想がへたくそなのだけれど、彼の動きをじっと見ているだけで、張り巡らされたアンテナがわたしのなかに戻ってくる。


……………。


今朝、あわただしくコンビニで求めたサンドイッチをとり出し、ぱくり、と口に入れる。サンドイッチをほおばりながら、カタツムリに気持ちをそえる。いい時間。

旅先で大きなカタツムリに出会うというのは、その土地の人と自然の関係がいい塩梅ということなんじゃないか。得体の知れないほかの生き物、ちがった考え方をもつキャラクターを、排除とか駆除というくくりで片付けない土地なんじゃないか。

大きな殻をすこしずつ、かつ、着実に移す彼の「これまで」を思って、じんとした。


そして、サンドイッチを食べ終わる頃、ようやく彼も、水分をたっぷりと含んだ苔が広がる生け垣に到着した。


Azusa Yamamoto
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