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発見週間

by Azusa Yamamoto

発見したことを書きとめておく、「発見週間」。


7月△日

東京FMの「JET STREAM」。夜、布団のなかでこれを聴くのが好きだ。好きというより、これで一日をしめくくる——という気持ちがいいのだ。築50年の平屋である我が家にはテレビがないため、ラジオが情報源。

もはや聴くだけで安心するテーマソングとともに、大沢たかおがプロローグを語る。

そのなかで、ずっと「夜の帳(とばり)」だと思っていたセリフが
「夜の静寂(しじま)」だった。

夜の静寂の、なんと饒舌なことでしょう——

とても詩的で素敵な言葉なのだけれど、「夜の帳」でもいいじゃん、と思った。

大きな緞帳が降りてきて、夜がやってくる。
壮大な夜をビロードのような幕がつれてくる。

夜の帳の饒舌さは、こんなことだろうと思っていた。



7月○日

ばしっと着物でキメたママが立つスナックで働かせてもらって1年半ほどになる。自分の考えや居場所を広げたかったことと、なによりもスナックという場に惹かれて、週に一回スナックのおねえさんをやっている。

そこのお客さんに書道をずっと続け、半年ほど前に師範になったという人がいる。「白川文字」という古代文字に魅せられたその人は、その文字で何か描くから好きな字を教えてくださいと言う。

そこで「帳」をリクエストした。

夜の帳が降りたとき、わたしはここに立つから。
そしてこの帳が、わたしにさまざまな世界を見せてくれるから。

どんな文字になってくるのだろう。楽しみだ。


7月□日

タイ・バンコクの朝。タイへは初めてやってきた。全国から“フクシ・レンジャー”たちが集い、タイの山奥に研修に出かけるという旅にのこのこついて行った。

ほとんどが研修のための時間であり、7日間は学びと発見、心の開放の日々であった。最後の日の朝、すこし早起きをして一人でホテルの近くを散歩した。

7時10分。フロントで地図をもらい、歩き出した。目指すは公園! けれど、地図の方向に向かってもそれらしき公園は見当たらない。一緒に道路を渡ったおじさんに(クルマは歩行者に合わせて止まる、なんてことはないので、道路を渡ろうとする誰も彼もと心をそろえて「えいや!」と渡る)尋ねてみると、しばらく地図を見つめ、「次を曲がるんだよ」と指をさして、自分も曲がるその角をもう一度「ここだよ!」とジェスチャーで教えてくれた。やさしい。タイの人はみんなこんなふうだ。

……たとえ、そこが公園でなくても。公園と間違えて入ろうとした駐車場のお兄さんも「ここではないよ、向こうだよ」と教えてくれた。道を間違えてごめんなさい、ありがとう。

もう、地図を見てもよくわからないので(のちに、そもそものスタート地点であるホテルの場所を勘違いしていて公園はちっとも近くなかったことが判明)、自分の感覚で歩くことにした。


道路にはもう屋台が出ている。街路樹の多い通りを抜け、ホテルの方向を意識しながら左に曲がる。そこにも屋台が出ていて、サンドウィッチを売っていた。値段を尋ねると20バーツだと言うので、1つ購入。タイ風の味付けのゴボウサンドにクリームチーズがあえてある。美味だった。このサンドウィッチが、この旅の中で一番美味しかったかもしれない。タイで食べたものはすべてが美味しかったけれど、このサンドウィッチは自分で手に入れたものだから、格別。

気づくと、ホテルの位置はわからなくなっていた。だけど、まあいいや。

次の角には、屋台がずらーっとならんだ市場のようなストリートが。そのにぎわいのなかに吸い込まれるようにして歩いた。果物、ワンピース、肉団子やグリルした肉とごはんのセット、お菓子、いろんなものが売っていた。タイの人は、朝から買い物をする。

たくさん人がいるけれど、不思議と疲れない。個というよりも、一体となっている人たち。個がぶつかっていない空間。むしろわたしが、透明人間にでもなったような。ひっそりと好奇の目を向けるわたしを、誰も彼もほうっておいてくれる。


バンコクのストリートをひとりで歩く——。これがなかったらタイの旅は学びとその大切な意義とで、お腹いっぱいになってしまっていたかもしれない。

ちょっとした朝の散歩(わたしにとっては冒険だ)が、自分を保つのに必要だったことを改めて実感。


ストリートを抜けると、さっきおじちゃんが曲がり角を教えてくれた道に出て、無事にホテルにもたどり着けました。


Azusa Yamamoto
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