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柿渋染めの黒いシャツ

by Azusa Yamamoto

お湯の温度に気をつかって、緑茶を入れる。

「そうだよ、この味」

外は曇っている。もうすこし日が出てほしいものだ。旅先で活躍した衣類が軒先の竹竿で踊っている。緑茶の入る湯呑みで冷えた手をあたためながら一口。

***

深い黒に染まったシャツ。白く光る貝ボタンが多めについたこのシャツにくぎづけになったのは、東京・末広町のギャラリーでのこと。
高いところに吊り下げられたシャツを下ろしてもらい、試着。4万円という値札にしりごみするも、「まるでわたしのためにあるシャツ!」とうかれ、ふんぱつした。
この日から柿渋によって黒く染められたこのシャツは、わたしのお気に入りに仲間入りした。

***

9月中旬。まだまだ暑い。わたしは名古屋の本山駅から、汗だくになって歩いていた。目指すは猫洞通(ねこがほらどおり)にある「とわでざいん」。
ふきだす汗をぬぐいながら入ったそこは、やわらかな光がさし、風がぬける心地よい場所だった。
店舗に並ぶ服を見るふりをしながら、併設されているアトリエをちらりと盗み見る。
この日、彼女たちに用があってわたしはやってきたのだから。

***

ある日、わたしはお気に入りの黒いシャツをこともあろうか漂白してしまい、左の胸をぽっかりと白くしてしまった。
このシャツを手がけた「とわでざいん」のトミーさんとクミさんに、この事件を白状しに来たのだ。
「あらまぁ!」と言いながらも「これはこれでいい味出してる!」と言ってくれた二人をいっきに好きになった。

白くなった部分をもう一度柿渋で染めてもらう修繕をひき受けてもらったわたしはほっとして、あらためて店内を見まわし、見まわし終わらないあいだに、ウール地でできたハカマのようなシルエットのパンツを見つけてさけんだ。

「友人の選挙の手伝いに行くので、万歳三唱のときにこれを穿きたいです!」

***

島根県・石見(いわみ)地域。東西に約250キロもある横長な島根の西側に位地するこの場所に、わたしはここ6年ほど惹きつけられている。

それはきっと、ミウラサンがいるからでもある。

6年前、はじめて島根県に足をふみいれたのも、この石見だ(江津〈ごうつ〉というところでした)。汽車でかなりの遠回りをして、やっとたどり着いたわたしの目にうつったのは、うらぶれた駅前とそこに続く商店街だった。「なにもない」と思った。
当時、この商店街のなかにある銀行の跡地を事務所にしてはたらいていたミウラサンを訪ねた。彼は笑顔でむかえてくれたが、わたしは正直、笑ってる場合じゃないよ、と思っていた。
それからミウラサンは、うらぶれたと思っていた駅前には素敵なバーや商店があることを教えてくれた。

これが6年前の話。その後、彼は次々と「なにもない」を「お店がある」や「仕事がある」、「人が在る」に変えていった。

そんな変化を定点観測的に体験してきたわたしは、すっかり石見にハマった。いまやなにか用事を見つけてはこの地におもむくようになった。
ときには、忙しいミウラサンには目もくれずに、こちらの友人たちと飲んだくれていたこともある。
でもよくよく思い返せば、この飲み仲間たちもみんな彼が会わせてくれた人たちだ。もはや、ミウラサンには足を向けて寝られないな、と心の誓いを自分に言い聞かせていたとき、ミウラサンが浜田市の市議会議員選挙に挑戦する、という話が耳に入ってきた。


「やっときた!」と思った。すぐに連絡をした。「手伝わせてください! うぐいす嬢でもなんでもします!」と。
6年前、笑顔でむかえてくれたミウラさんに会ったときから、こんな日が想像できた。
実際に、選挙カーに乗り込み、白い手袋をはめ、クルマから手をふり、彼の名前を連呼する自分に、ちっとも違和感がなかった。

浜田市のスーパーや工房の駐車場を借りて、演説するミウラさんを見て、「ああ、この人はこれがやりたかったんだ」と納得した。やっとミウラサンの真骨頂だと、たたかいの最中にこっそりほっとした。

もちろん、選挙はとてもハードだ。たくさんの人が動くし、その分おなかもすく(地元のおかあさんたちがつくってくれたごはんは毎日の癒やしでした)。
けれども、ミウラサンの目だけは日を追うごとに輝いていって、選挙戦最終日には、まぶしいほどのまなざしを、まっすぐに向けていた。

 ***

「ばんざい」って、言葉としても動きとしても、とてもいい。

ミウラサンは、みごとトップ当選を果たし、長い選挙に関わった人たちみんなで万歳三唱をした。

みんな笑っている。嬉しくて泣いている人もいる。

ハカマ・パンツを穿いたわたしは、たまらず「もう一回しませんか? ばんざい……」なんて口ばしった。

***

島根から戻ると、修繕が済んだ黒いシャツが届いていた。麻の風合いはそのままに、さらにやさしい黒色になっている。よかった。

洗たくした黒いシャツを干そうと庭に出たとき、裏の家の柿の木に、シジュウカラや百舌鳥が、柿の実をついばんでいるのを見た。
落ちた柿を拾って持ち帰り、水道水で洗ってカプリ。ずっと渋柿だと思い込んでいたこの柿の木は甘い実もつけることを知る。


Azusa Yamamoto
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