LOG IN

大阪の下町をぬくめる、金殿ドーム

by Azusa Yamamoto

――東大阪『金殿ドーム』が、2018年3月いっぱいで暖簾をおろすという話が耳に入ってきました。
2016年10月に取材に行き執筆したものの、とある事情でお蔵入りしてしまった記事を、

取材相手の森山勝心さんに許可をいただき、
ここに掲載することにします――。

***

「ゆ」の暖簾をくぐるとそこは……

「こんばんは」
おそるおそる声をかけて浴場に入ると、先客のおばあちゃんが軽く会釈をしてくれた。洗い場に腰かけ、髪を洗う。
おばあちゃんも髪を洗っていた。浴場で二人してシャンプーを泡立てる。会話はないが、なにかが通じ合っているような不思議な心地がする。

ここは、東大阪・花園東町にある愉快な町の銭湯『金殿ドーム』である。

2016年10月取材
text & photo by Azusa Yamamoto


近鉄奈良線の東花園駅で下車し、てくてくと15分。すでに日は暮れている。この町は黄昏時が似合う。
……なんて、センチメンタルに浸っている場合ではなかった。もともとここは『東大阪市花園ラグビー場』がある、ラグビーのメッカなのである。2019年に行われるラグビーのワールドカップの会場にもなる。試合のある日は大変な人でにぎわう。
そして東大阪は人口に対する会社の数が軒並みはずれて多いそうで、“声の大きな元気のいい中小企業の社長さん”をお笑いタレントがマネをするほどのブランド力をもっている。

 大阪の 下町の力 あやかりに

東花園駅前の風景。◆おじいさんと孫が川を観察中だった。のどか。◆さすがラグビーのメッカ! ◆黄昏の似合う町。◆目につくものに味がある。

おんち川が花園東町沿いにカーブして流れる。◆いい感じのスナックが。現在はやっていないそう。残念。◆旅に出ると、日常に仲間入りさせてもらっているという気になる。


建物の2階にある浴場の露天風呂、ミストサウナ、何種類ものお風呂を堪能していると、男湯のほうから声が聞こえる。“声の大きな元気のいい”爺さまがたが野球の話をしている。男湯の声がこちらにはっきり聞こえることに「東大阪に来たんだわ」という実感を覚え、脱衣所にあがるとあちらのおしゃべりは止まるなんてことはなく、「次の阪神に期待や」と、期待を裏切らないキーワードが耳に飛び込む。

着替えを済ませ、番台でラムネを飲む。番台には『金殿ドーム』を切り盛りする森山雅妃(まき)さんが、ここの生い立ちを教えてくれた。
ちなみに、雅妃さんのご実家が金殿ドーム。磯野家で言うとサザエさん。

金殿ドームのあゆみ

1960年、敷地の前に府営住宅が建つとき、どの家にも内風呂が付いていなかった。そのため「風呂屋をすれば」と周囲に言われた雅妃さんの父が27歳で一念発起。ボイラーマンを雇い、雅妃さんの祖母が番台に立ち「金殿温泉」(現・金殿ドーム)を創業させた。

1971年には、酒屋をしたくなった雅妃さんのお父さま。未経験ながら会社を設立し酒屋「マルナカ酒販」がスタート。さらに1976年には、化粧品店をはじめ、米穀店など、多角経営を始める。※化粧品店は現在は閉店
長い間、酒屋の経営は雅妃さんの夫が取り仕切っていたが、父の他界後3年で、肝心の夫に先立たれてしまった。息の合った妹も2015年に亡くなった。そして現在は雅妃さんの母も入院をしているため、『金殿ドーム』を支えているのは雅妃さんと、弟の奥野善大(よしひろ)さん、その妻の悦子さんの3人だけ――※。

「昔は家族が銭湯や酒屋に携わらなくってよかったんだけどねえ」
と、眉間にシワを寄せて聞きがちな話を立て板に水のごとく、よどみなくさわやかに聞かせてくれた。

※この話は取材当時のものであり、現在、母・幸子さんは退院し元気に番台仕事をこなしているそうです。よかった!

入口のロッカー。◆雅妃さんから「つらい」とか「大変」という言葉は出なかった。 ◆いつの間にか夜が来ていた。 ◆番台の様子。雅妃さんは常に動いている。


雅妃さんは話をしながらも、ひっきりなしに番台の仕事をこなしていた。
男湯から出て来た方が
「あの子が出て来たら飲ませてあげてや。背中洗ってもろてん」
と牛乳の代金をおいていく粋なシーンを目の当たりにしたが、雅妃さんにとっては日常のようで「あ、ひろくんな」と言って、ひろくんが出てくると「さっきのおじさんが『ありがとう』ゆうてたで」と、こともなげに牛乳を渡す。

 湯が沸けば 心も沸くのか 東大阪


湯上がりに一杯!

そしてアイリッシュの音色と、金目の煮付けにポテトサラダ。
風呂から上がり、この日はライブがあるというので1階の『マルナカ酒販』へ。

アイリッシュバンド「LUSSO」が奏でる、軽やかなバイオリンとギターのリズムにビールが進む進む。なかでも、メンバーの子どもが小学校の合唱曲として歌っていたという「みちくさ」というエールソングがすごくよくて、酒が進んだのをいいことにこっそり泣いた。

「LUSSO」は大学時代に結成し、それぞれに仕事をもちながら音楽活動を続けている。 ◆酒屋だから、お酒は豊富! そいでもってなに飲んでも美味しい! ◆雅妃さんと義妹の悦子さん。 ◆雅妃さんが作る一品が最高においしかった。しかも安い。

大阪名物の「ひやしあめ」をお土産にした。 ◆雅妃さんの弟・善大さんが小学生の頃から集めたという栄養ドリンクがずらり! ◆「これいつのー!?」と思わず二度見する年代物があちこちに。


金殿ドームのこれから

このイベントは雅妃さんの長男・森山勝心(かつし)さん(磯野家でいうとタラちゃん)が仕掛けていて、ステージでギターを奏でているのは中学の同級生だと言う。

勝心さんは、東京で企画プロデュース会社を経て独立、島根県の隠岐諸島や滋賀県のプロジェクトなどをいくつもまわす、敏腕プロデューサーだ。いまは、ここ東大阪を拠点として、1か月の3分の1を隠岐諸島で過ごす。そして、ここ『金殿ドーム』もまた彼の手がけるプロジェクトのひとつとなっている。
引く手あまたの地域プロデューサーが、なぜここで家族とともに仕事をするのか? 聞いてみた。

「たしかに家族の問題って複雑で、いろんな割り切れない部分があります。はっきり言って、超難しい決断を家族に強いなくてはいけない場面も少なくない。仕事以上に難しいプロジェクトです。自分の仕事をやっているほうが楽」

――仕事としてやっていないんですか?

「給料もらったことないですもん。敷地も建物も大きく儲かって裕福そうに思われますが、かなりキツい状態です。亡くなった祖父が『府営住宅にお風呂がないので、その人たちのために』と、マーケティングも関係なく始めたので、駅からのアクセスいいわけじゃないですし、大型量販店ではうちに入ってくる元値より安く商品を販売しているんですよ。人の消費行動が変わらないことには、このようなマチの酒屋さんやお風呂屋さん、○○屋とつくお店は大変ですね」

――仕事じゃないのになんでできるんですか? 突き動かすものがあるんですか?

「薄情なやつだったら、この店(風呂や酒屋)とは関わらず、仕事だけをしていたい。だけど、亡くなった父や叔母、祖父そして、今いる母の想いを守ってあげたいんです。あとは、叔父や叔母の生き甲斐と言うかモチベーションを。やれるところまでやりたい。
あるんだったら、“負の遺産”でも生かすしかないですし、ね」

森山勝心さん。 ◆勝心さんの叔父であり、雅妃さんの弟・善大さん。あちこちにキャラ化されたPOPが。 ◆缶詰もうれしいあてに。 ◆『金殿ドーム』を支える奥野善大さんと妻の悦子さん。


家族と仕事をする――わたしのなかでモヤモヤしている部分だった。文筆家の母と映像作家の父と肩を並べてはたらきたいと思う時と、できっこないと思う時が交互に押し寄せてきていた。

だから勝心さんのあるがままの姿勢に面食らった。彼の言った言葉を反芻していると、勝心さんの叔父・善大さんが「ビールのおかわり、いかが?」と聞いて来た。思っていた以上にいい顔で笑う人だったので、悩みはピューっとどこかに飛んで行き、代わりに好奇心でいっぱいになった。

「特別に、裏見せたろか」

もちろん、ついて行く。


 家族あらば 憂さは晴れるよ 金殿ドーム

銭湯の要となる電圧計、とても古い。 ◆湯屋は、精密機械で動いている。 ◆さきほどのマシーンを開けたところ。ますます精密に。

これは、創設者の勝心さんのおじいさんがメーターをベニヤにくっつけて飾りにしたもの。ややこしい。 ◆さらに冒険はすすむ。工具やらが置かれる場所に。 ◆勝心さんが隠岐のPR動画を撮影した小道具が大切に保管されていた。

取材に協力いただいたみなさん。どうもありがとうございました!


Azusa Yamamoto
OTHER SNAPS