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風呂そうじ口上

by Azusa Yamamoto

——長い柄のついているものがよろしい。柄が短いのはだめです。
短ければ、自分がびちょびちょになるだけ。
柄の先端に、100円ショップで売っているスポンジを付けます。
これはですね、もとはスポンジが付いていたのですけどね、くっ付かなくなってしまったので、
こうやって輪ゴムでくくり付けて使います。
洗剤は使いません。浴槽の湯を残してまた風呂の湯として使うからね。
栓の鎖をうまいことあやつって、栓を穴に入れたり外したりしながら……。
そして、ここが重要です。
長い柄のスポンジで浴槽の底の汚れをすーっと擦りとります。
この汚れは、抜いた栓の穴から流し込むように。底の面をまんべんなくね。
これでぬるぬるは完ッ全になくなります。
浴槽の底面の汚れを拭い去ることが重要なのです。
そうして湯が半分くらいに減ったところに、60度のお湯をつぎ足します。これは入る直前に。
うちのだと、だいたい6・7分でちょうどよい量と温度になります。
そうそう。必須条件としてアルミの保温シートがあります。これで一日経ってもだいぶ温かい―—。

 ***

これは、祖父の風呂そうじの口上。板橋・高島平の家に暮らす御年86歳で、わたしたちは中父(ちゅうとう)と呼んでいる。中父のお父さん(すなわち曾祖父)が大父(おおとう)さんであったから。
中父は山と自然を愛し、孫だけでなく植物とも仲よしで、森のガイドや園芸家でもある。家ではそうじ担当としても活躍している。
そして、さきほどの口上でもわかるように、わたしの暮らしの先生でもある。

遊ぶのも得意。自動改札がIC化したときは、「NAOMO」というカードをつくってくれて(中父はなおき、といいます)、箒の柄を踏切にしてタッチ・アンド・ゴー! 会社に行かなくなったいまでは、社員証の代わりにタイマーを赤いリボンで吊るしている(お風呂を沸かすときに活躍する)。
気に入った新聞記事を読み聞かせてくれるのも、中父の「らしい」面。
とにかく孫心をくすぐるチャーミングで、尊敬するおじいちゃんなのです。

***

先日、中父に会いに行った。
年末年始とバタバタとしていて、挨拶に来れなかったから、わたしとしては久しぶりの訪問。いつものように「いらっしゃい」と迎えてくれ、中父の時空に入ってこれたことにほっとする。

お茶をいただきながら、中父が大父さんの日記(世田谷区の郷土資料の冊子に掲載)を読むのを聞いた。
関東大震災(大正12年・1923年)が発生し、当時秋田にいた大父さんは、二子玉川に住んでいた両親を心配して上京した際のことが書かれていた。

鮨詰め状態の汽車に乗り、なんとか赤羽まで来たはいいが、そこで乗客は降ろされてしまう。そこから徒歩で二子玉川まで向かったという。途中どんな景色を見たのかと思うが(朝鮮人に間違われた、という記述もありドキリとした)、二子玉川にたどり着き、両親の無事をたしかめ、こちらも無事であった家の中でろうそくの灯りを見たとたん、喧騒を忘れ穏やかな気持ちになった、としめくくられていた。


わたしにとっても、ここはろうそくが灯った場所。ここのところ、余裕がなくて自分にも家族にも優しくできないことが続いた。
「ご苦労さん」という中父の口癖を聞きながら、このやわらかな優しい灯りを残したいと思った。

日々容赦なくやってくる生活を、どうにか機嫌よく過ごせるよう工夫する祖父母(祖母もとびっきりです!)や年長者の様や技を記録できたら。もうすこし肩肘の力もぬけるんじゃないだろうか……。


さて、お風呂でも沸かすとしましょうか。


***

【中父の風呂掃除】

①  用意するのは、柄が付いているタイプの風呂用スポンジ
 (中父は、市販のスポンジを輪ゴムでくくり付けていますが)

②  溜まっている湯の中にスポンジを入れながら、風呂の栓を抜く

③  スポンジで底面を、排水口に向かって一直線に動かす。すーっと、ゆっくりと。

④  同様にしてスポンジで底面をまんべんなく擦る
 (側面と底面の縁に汚れがたまりやすいので、縁を意識しながらスポンジをあやつる)

⑤  風呂の栓を再び入れて、半分くらいになった湯の上から、60度のお湯を6〜7分つぎ足す

⑥  お風呂が沸きました!

※湯量と60度のお湯のつぎ足す時間を調節して、ほどよい温度を探ってみてください!


Azusa Yamamoto
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