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モモ

by Azusa Yamamoto

 わたしは臆病者である。そのうえ、根暗である。
 旅先でひとりになったとき、そそくさと向かうのは図書館だ。

 GWの福岡県太宰府市でも、スマホに「近くの、図書館」とささやいた。ごった返す太宰府天満宮の参道にて突如出現する自撮り棒や、わたしの足を石畳の段差と勘違いして通過するスーツケース、池で人々の熱い眼差しを向けられているカメの親子などを意識したりしなかったりしながら、『太宰府市民図書館』へと急いだ。

 喧騒からの静寂。やっとほっとした気持ちでトイレに行くと、「家庭ごみを図書館のトイレに捨てないでください」という張り紙が。捨てられていたゴミの姿まであらわになっている。……緊張。
 館内探索を開始。1階がメインスペースとなっているようで、新聞を広げるおじいさんや、机で調べ物をしているおじいさんがいる。時間がすこし早いせいか、おじいさんが多い。一番端のソファに腰かけた。そして、ここで持参した本を開く(わたしは図書館で自分の本を読むことが多いです)。

 今回の旅の道連れは、『モモ』。年齢も素性もわからないモモが時間貯蓄銀行の灰色の男たちから、時間を取り戻すものがたり。「時間がない」「ひまがない」という足りなくなってしまった時間とは何か? という問いに断固向き合ったドイツの作家ミヒャエル・エンデ(大島かおり訳)の名作だ。

 ―—円形劇場跡に住みついた女の子。名前はモモ。親友の掃除夫のベッポ、観光ガイドのジジをはじめ、たくさんの友だちに囲まれて暮らしていました。大人も子どももみんなモモが好きでした。
 ある日、突然あらわれた時間貯蓄銀行の灰色の男たちが町のみんなの時間を盗みはじめます。誰もが時間に追われるようになり、せわしなさから心にも余裕がなくなるのでした。モモのもとにも友だちが遊びにこなくなりました。なにかおかしなことが起こっている!
 モモ、ベッポ、ジジは町の大人たちに訴えかけますが、誰も忙しがって、話も聞いてくれません。モモは灰色の男たちに目をつけられ、追われます。モモのもとにあらわれたカメに助けられながら、時間の外側にある、「どこにもない家」に連れて行かれ、マイスター・ホラと出逢います。
 町で起こっていること、時間というものについて、灰色の男たちとの戦い方について教えられます。
 モモは灰色の男たちに向かってゆき―—


 「あのー、すみません」

 突然、図書館司書の人に声をかけられた。

 「!?」
 図書館で持参した本を読むのはいけなかったのか? それともよそ者であることがバレた? 数冊の本を抱えた司書がわたしに言った。

 「違っていたらごめんなさい。これらの本を返却されていませんか? これは市外の図書館の本でして、こちらではお受けできないんですよ」

 「……ごめんなさい。それ、わたしじゃありません」

 目立たぬところに腰かけていても、地元風を装っても、よそ者オーラは消せないようです。
 その後、司書の方は人違いを詫び「どこ行っちゃんたんだろ〜」と言いながら、本棚の間に消えていった。


 ……『モモ』の話に戻ってもいいでしょうか。わたしはこの旅のなかで、この本に書かれていることと同じようなことを聞いたり、感じたりしていたので、驚いていた。
 例えば。
 ——モモに話を聞いてもらっていると、どうしてよいかわからずに思いまよっていた人は、きゅうにじぶんの意思がはっきりしてきます。ひっこみじあんの人には、きゅうに目のまえがひらけ、勇気が出てきます。不幸な人、なやみのある人には、希望とあかるさがわいてきます―—。
 旅先で時間をつくってくれた人たちと話すと、こういう気持ちなれた。とくにミズタニさんはモモだった。ミズタニさんは、福岡県糸島市と東京を行き来するカメラマンで(執筆もプロデュースも、なんでもこなす)、仕事で長らくお世話になってきた人。気持ちのいい考え方と飲みっぷりな人なので、あちこちからお呼びがかかる。だからかなわないことも多いけれど、九州方面に行くときはミズタニさんにスケジュールを聞くようにしている。わたしにはミズタニさんはモモみたいな人だから!

 それから島根県益田市匹見町(ひきみちょう)というところで、美しいわさびを作っているコグレの兄ぃが発したするどい一言も『モモ』に出てきた。
 今回、イベント開催を兼ねての旅だったので、告知を出したSNSでの評価が気になって、何度もスマホをのぞき込むわたしに
「そんなに見てはダメだ。依存になるぞ!」と言った。
 コグレの兄ぃだって、スマホゲームにハマっていて、「武器がねぇ!」だの「やられたー!」だの大騒ぎしているというのに。だけど、この人はいつも山と、熊と、土地の人々と、文化に対峙していて、その姿勢が言葉にあらわれるのでわたしは何も言い返せない。
 モモが、灰色の男からもらった完全無欠なお人形・ビビガール。3種類くらいの音声が仕込まれていて、モモが何か話しかけるんだけど、その返答が決まっているため、会話にならない。
  「だめよ。そんなにおなじことばかり言ってちゃ。遊べないじゃない」とモモ。
 ——人形がなにも言いさえしなければ、モモがかわりにこたえてあげられますから、すてきな会話が進むでしょうが、ビビガールときたら、なまじっか口をきくせいで、かえって話をみんなぶちこわしてしまうのです―—。
 このシーンが、コグレの兄ぃと言っていたことに重なった。なにかに期待をしてスマホを手に取るけれど、そこからは期待以上のものは返ってこない。
 「あたし、もっといろいろなものがほしいわ」とビビガールが声を出す。わたしもほしがりになってたのか。こちらがおもちゃに遊ばれてやしないか。
 今日もきっと、コグレの兄ぃは熊よけに大声で浪曲を唄いながらガレガレの山道を上り、たったひとりでわさび田を整備していることだろう。

 鹿児島県日置市を案内してくれたカミ・ヤストシさんも、ビビガールに頼りすぎずに自分の遊び方を工夫・模索できる人。日置市で生まれ育ったカミさんとは、2年間の出向で東京にやってきたときに出会った。いまは地元に戻り、日置市役所で働いているカミさんに連絡をすると、快く時間をくれた。カミさんが連れて行ってくれたのは『前田屋』という和菓子屋さん。和菓子屋と言っても、洋菓子も売っていて、なんでも食パンが人気だとか。
 店内には大小さまざまなビクター犬が並び、真空管アンプで大きな大きなスピーカーにレコードがかかっている。お店の女将さんとすこしおしゃべりをした後に、「ここで食べていっていいですか?」と購入したかるかんをほおばりながら、お店に響くジャズを堪能した。
 おしゃべりをすると頭の整理ができる、とカミさんは言った。臆病者で根暗なわたしは、過ぎたおしゃべりが多く、よく反省する。きっと、ビビガールの「もっとほしいわ」が頭の片隅にあって、そのありもしない声に必要以上に応えようとしてしまう。
 カミさんは過不足無く、おしゃべりをする。自分のおしゃべりの配分をわかっている人は、灰色の男に人生をうばわれたりはしないだろう。

 そうそう、この間カミさんからメールが来た。
  「前田屋の店主のおじさんから先日初めて声かけてもらいました! 吉田拓郎の話で盛り上がりました! 嬉しかったので報告でした」

 無口な店主のおじさんが、カミさんと楽しそうにおしゃべりしているシーンが想像できて、こっちまで嬉しくなった。


Azusa Yamamoto
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