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道ができる

by Azusa Yamamoto

 6時半。はっと目が覚める。ここのところの暑さとは変わって、今日はいくぶん涼しい。だったらさっさと起き出して、寝ぼけ眼のわたしに作業着を着せてしまおう。そして、思考がはっきりと目覚める前に外へ出て、手袋と鎌をもった。

 今日は、どうしても草むしりをしたかった。

 自分の庭ではなく、我が家へ通じるおもての道の、いわば共用部分をきれいにしたかった。

 築50年の木造平屋建ての一軒家にわたしは住んでいる。小さなところだし、夏は暑くて冬は寒い。だけどもここがとても気に入っている。同じ間取りをシンメトリーにした2軒が2つ並んだ、「文化住宅」といったところだろうか。

 その隣に、大家さんの大きな母屋があり、ちいさいお家たちをあたたかく見守ってくれているようで、心強かった。そしてなにより美しい庭があった。小さな花畑のような佇まいの、風がよく通る場所だった。

 大家の92歳のおばあちゃんはほんとうに働き者で、会う度にどこかの草むしりや畑の手入れをしていた。わたしが挨拶をするたびに「誰?」と訊かれ、「この裏の平屋に住まわせてもらっています」と返事をした。そういう関係も好きだった。

 2年前、この大家さんが亡くなった。うちの裏に住むサダコさん(ピンピンしているこの人は現在95歳。このお話はまたいずれ)の導きのおかげ

で、母屋に上がってお線香をあげることができた。

 このお別れからしばらく経つと、母屋の庭の生態系が変わった。小さな花畑はなくなった。

 その後、母屋には誰も住まなくなり、玄関の明かりが小さくついているだけになった。世代交代して大家となった息子さんは、畑だったところに建てたマンションにうつったという。

 気がつくと、母屋が解体されていた。大きな大きな更地になった場所には「好評分譲中!」という旗がひるがえっている。

 土地と通りの境界を示す虎柄の標識ロープに、なじめなかった。

 好評分譲中の土地には、「誰のものでもありません」と主張するかのように、草が好き放題生えだした。

 かつての大家さんが手入れをしていた庭が、一面草ボーボーになった。生態系がさらに変わった。

 自由を獲得した草たちはさらに勢力を伸ばし、標識ロープを超えて通りにまで居座るようになった。

 ここまで書いてわたしは思った。なんか、さみしかったんだなあ、と。

 人がいなくなるって。景色が一変に変わってしまうって。人と土地の関係ってこういうことなのか。わたしは、見ているだけで何もできないのか。

 いや、そんなことはない! せめて虎柄のロープのこちら側に出てきている奔放な草たちには、退去していただこう。裏のサダコさんは元気だけれど、さすがにここまでの草むしりはできないし、させられない。今の大家さんにも言えない。だから一人でやってしまおう、こっそりと。

 そんなわけでいざ、出陣! ただ、もうひとつお伝えしたいのですが、わたしは草むしりが好きなのです。土のやわらかさと根っこの関係とか、なかなか取れない根っこがずずずーっと取れたときとか、手作業とはあきらかに違う道具(草取り鎌)の仕事っぷりに感嘆したりしながら、時間を忘れて草むしりをする。そして、ふりかえる。すると、道ができている。

 土の上に居ると、心が守られるような気がする。悩みがある人は、草むしり、ぜひお試しを。

 6時半から8時までたっぷり草むしりをしたけれど、やはり大きな土地は一気にはやりきれず。

 ゆっくりと、すこしずつ、こっそりと、計画を進めることにしよう。

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