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耳と旅する

by Azusa Yamamoto

 打ち合わせをしている。これから作ろうとしている媒体「いとより」のための。

 方向性はあってないほうがいいとか、テーマをかざしすぎないようにしたいとか、話をまとめようとしないわたしの意見によって、議論はますますこんがらかる。

 まず第一に伝えるっていうことを、考えたいと思って……

「カウンター1番さん、もろキューワンですー!」

 編集っていうものの定義をもう一度見直して……

「C卓さん、生中!」

 オリジナルのコンテンツを……

「はい、漬物盛り合わせお待ち!」

 大阪は千里中央駅の居酒屋にいま、わたしたちは、いる。

「いとより」に一緒にとりかかってくれるミズタニさんと以前、大阪万博公園の取材でこの店を訪れたことがある。「駅の改札から十歩で行ける飲み屋」という大阪の合理性に膝を打った店だ。

 その店で、60代の小柄なネエさんが元気なかすれ声でもって注文を奥の厨房に通していく。そのネエさんの声に引っぱられて話を止める。そして、考え込むふりをする。

 話し合いは難航の一途をたどる―。

 どうやら、わたしは耳から情報を取り入れたい体質のようで、誰かと話していてもそこに大きな声や音楽が入ると、一旦思考が停止してしまう。

 仕事でお世話になっている人が教えてくれたことがある。

「ひとには視覚や聴覚、嗅覚なんかの五感でそれぞれ得意分野があってね。わたしは視覚が優位。だから、倉庫に行っても何がどこにしまってあるか見れば全部分かるの」と。逆に、落ち込むことがあった日に撮った写真は、見ると辛くなってしまうから見たくないそうだ。そのときの自分の気持を写し出してしまうから。

 その話を聞いてピンときた。

 ラジオで何の気なしに聴いたことを、人に教える。

 バスや電車の中でどこかの誰かさんが話していることをいつまでも覚えている。

 聴きたくないことがやけにはっきり耳に入ってきたりする。

 本を読んだり、文章を書くときは音がないほうがはかどる(最近気がついた)。

 これはわたしの聴覚優位をあらわす事ごとであり、よかったもあり、困ったもあるのだが、なるほどと思って安心した。

 自宅でラジオを止めて(うちにはテレビがない)本を読む。蝉や鳥の鳴き声がよく聞こえる。

 スズメは仲間とやってくるし、ハトのフクローのマネのような声は昼寝欲を増長させる。バッタが飛ぶ瞬間にも音があるんですよ。カタカタカタって……。アブとハチの羽音の違いもなんとなくわかるようになった。夏の風が円を描いてやってくる音も。

「しと」という雨の降りはじめは、もはや音ではなく、誰かいる? という気配になる。

 やがて豪雨になると、いまの季節に一番勢力をもつ蝉がだまる。小雨になると、ふたたび鳴き出す。

「バリバリー!」という雷には、彼らはかまわず鳴き続ける。今年は夏が早かったから蝉の声が聞こえずに心配したが、ちゃんとやってきた。

 わたしの耳が生きている音をキャッチし続ける。だから孤独ではない。春と夏と秋においては(冬は生き物の気配がぐっと減る)。

 人と話すことも好きだけれど、耳に心地いいこのひとり遊びも、なかなかいい。

「で、聞いてる?」

 ネエさんから追加のビールを受け取ったミズタニさんに声をかけられ、わたしは千里中央のダクトがまわる居酒屋のカウンターへ、着地する。

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