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はたらく

by Azusa Yamamoto

 ゆっくりと目覚め、リビングへ。昨晩は仕事場としている実家に泊まったので、母が作った朝ごはんを食べる。

天気予報を観て軽く失望をおぼえる。高校球児たちの活きのよさに羨望の眼差しをおくる。

 昼食を頬張りながら、再放送の「半分、青い。」を筋書きに文句をつけながら観た後は、昼寝。

 夕方、一度も外に出ていないのに「今日も暑かったね〜」なんて言いながら酷暑を伝えるニュースを観る。気力があれば台所に立ち、おかずを一品。で、家族と晩ごはん。

 ……これが、ある夏の日のわたしの一日です。仕事、全然してないっすね。テレビ観ちゃあ寝てますね。

 会社勤めを辞めて独立して3年目。「仕事」の概念がゆらいでいる。

もしかしたら「仕事」と「暮らし」の境界線があいまいになっているのかもしれない。「仕事=お金がもらえる」だけではないというか。

 わたしにとって、原稿を書くことと台所に立っておかずを一品作ることは同じ重みがある。

 おかずを多めに作って自宅へ持ち帰り、翌朝近所に住む95歳のサダコさんにおすそわけする。

 サダコさんはいつも

「心配しなくていいんだよ! ほっときな」

 と、ちゃきっと言う。

 わたしも

「作りすぎたから手伝ってほしいんです。いつもすみません!」

 負けじと返す。

 はたらくということは「頼まれてないけど勝手にやる」をどこまで追求できるか、なんじゃないか。

 サダコさんから「おかずなんて持ってこなくていいのよ!」と言われ続けるおすそわけのように。

 お金になることを一生懸命取り組む仕事も必要(とくに今のわたしには!)。

 だけど、お金に代えられない仕事もたしかにある。

 それよりも「自分」との折り合いをつけるのが一番大変。「これでいいのか?」と絶えず訊かれます、昼寝をしていても(堂々と昼寝することがポイント)。

「わたしはこれでいい」という感覚がすこしでもぐらつくと、すぐに調子が崩れる。いつも自分のご機嫌をうかがっていないといけない。

 だから、嘘のある仕事はできない。大義名分を盾にして人を大切にできない案件や、お互いに尊敬できないプロジェクトは、もうしない。

「仕事選んでんじゃねえやい!」って話ですが、これこそがフリーランスの強みです。仕事が選べる。いよいよ食べられなくなったら生活を工夫する時間がある。

 おすそわけを持ってサダコさんのところへ行き、ちょっと話をする。会社勤めで毎朝同じ時間に出勤していたときは(それも苦手だったけど)、まったく考えられなかったことだ。

「昔はここら一帯は栗林で、真っ暗だったんだ」

 とか

「19歳から23歳までが戦争だった。娘盛りもなく、ずっともんぺ履いて過ごした」

 とか

「防空壕を掘るのはうちの父親がうまくてねえ。よその家にも頼まれてよく掘りに行ってたよ。

 だけど焼夷弾なんかが落ちてきたらひとたまりもないってことは、みんなわかってる。なんとかカタチだけ設(しつら)えるんだよ」

 とか

「敵の飛行機が墜落したのを、姉さんと一緒に見に行ったことあるよ。すぐそこに落ちたと思ったのに、案外遠くてね、大汗かいた。羽根の下に隠れされたものは何も見えなかった」

 ……出るわ出るわ。「生き字引」のお話が。

 ほんの十分ほどの話の中で、国分寺の鉄砲工場で働いていたときのことや、戦後、物がなくって甥っ子が小学校に上がるためのランドセルを苦労して手に入れたことなんかを、何度も話してくれる(95歳ですからね)。

 この世間話が、「仕事」と「暮らし」の境界線、時空をどんどんあいまいにする。

 会社勤めでは決して体験できなかったことだ。

 いくら昼寝をしても、サボっても、わたしが見聞きしたことをほったらかしにしないでいれば、それは「はたらき」になるんじゃないか。

 だからサダコさん、「早く逝きてえよ」なんて言わないで。

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