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by Azusa Yamamoto

 夜寝ていると、誰かの気配を感じることがある。やってくるのは決まって女の人(だとわたしは思っている。住んでいるのは調布市だから、あの水木しげる先生を慕ってあつまる妖怪御一行がやってきた、ということもあるのかもしれないのだが、その話はまたいつか)。

 こわいと感じる前に眠いし、このことで眠れなくなるなんてまっぴらごめんなので、いつもこうつぶやくようにしている。

「どうぞ、ゆっくりしていってください」

 高校生の頃だったか、古文の授業の中で『源氏物語』が登場した。六条御息所(ろくじょうのみやすんどころ)という女性のことを古文の先生がすこし寂しそうな目で説明していた。

 ―主人公・プレイボーイの光源氏を愛するゆえに、生霊となってしまった女の人。年下の光源氏の心がわりに苦悩し、高い身分とプライドによって己の気持ちを押し殺し、生霊になって光源氏の恋人を殺してしまう―。

「あるよな、こういうこと」と、のんきな高校生は思いました。

 これが、この女性(ひと)との出会い。

 ときはさらに遡り。小学生のある日、仲よしの女の子・ちゃんと一緒に下校中、わたしたちの他に誰もいないのを確認してこんなことを言ったことがある。

「わたしたち、親友だよね」

   このときわたしはYちゃんを所有しようとしたのだ。ハサミやえんぴつに名前を書くように、親友と書きつけて。Yちゃんに名前を書いておかないと、なくしてしまうと焦った。独り占めしたかった。約束してほしかった。この関係は永遠であると。

 この下校途中の切実な一言は、六条御息所が心に芽生えた最初じゃないか。今思い出しても、胸のあたりをぞわあっとさせる(この幼く恥ずかしいセリフに対して)。

「そりゃあ生霊にもなるよね」

と、いまだってわたしは言いたくなる。

 嫉妬や恨みをうまく消化しきれずに、生霊になってしまう。だって、しかたがないじゃない。好きな男が心がわりしちゃうんだから。その気持ちの行き場はどこにもなくて、為す術がない。八方塞がり。

「どうぞ、ゆっくりしていってください」

 こんなことがつぶやけるようになったのは、美しくも苦しい情をもつ人間(ひと)の性(さが)にすこしばかり触れたからかもしれない。

 八方塞がりな気持ちに対して出て行けと言っても出ていかないし、もちろんアン・コントロール。だったらせめて、いたいだけ居ていただこう。とびきりもてなして、ゆっくりしていただこう。

「お好きでしたら……」なんていってお酒を杯にお注ぎして。六条御息所は何を召し上がるかしら? スルメの焼いたのってわけにはいかないし。平安時代の人はどんなごはんを食べてたんだろう? そもそもお酒を飲んでたのかな? ちょっと楽しくなってくる。

 この女性をもてなしていると、八方塞がりな気持ちに愛着が生まれる。「大事にしといたほうがいいんじゃないか、この女性のこと」とかなんとか言ってるうちに、気づくと心に光が差している。

 いつも心に座布団を。

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